「巨匠とマルガリータ」その2
2008 / 04 / 26 ( Sat ) |
「巨匠とマルガリータ」その1
2008 / 04 / 22 ( Tue ) |
「太平洋の防波堤/愛人 ラマン/悲しみよ こんにちは」感想
2008 / 04 / 05 ( Sat )
「太平洋の防波堤」「愛人 ラマン」 どちらもデュラスの代表作だが、この2作は続けて読むことに意義がある。「太平洋の防波堤」はデュラスが36歳に書いたもので、まだ若く、こなれていないながらも魅力的な物語。そしてゴングール賞を受賞した「愛人」は、万華鏡のような精緻なテクニックが魅力的であり、作家の円熟度がうかがえる。2作続けて読むと、いかにデュラスが作家として生きたか、わかるような気がする。 「太平洋の防波堤」は、インドシナで政府の払い下げ地を買ったはいいが、作物の取れない土地でだまされてしまった母親、その息子のジョセフ、娘のシュザンヌの3人が主人公。この家族像はデュラスの家族がモデルであることは間違いない。デュラスの母親も払い下げ地を買って失敗しているし、デュラスの愛した次兄はジョセフのモデルだろう。母親は楽園を求めてインドシナにやってきたのに、そこはとんでもない地獄であり、その夢についてきた子供2人は、この現状に倦んでいる。2人はそれぞれの方法で母親から離れようとし、結果バラバラになっていく。「愛人」でも母親という存在はデュラスにとって大きいらしく、どちらの作品も母親からの逃避願望があり、男性を愛することによって、または処女を失うことで母親に復讐しようとする。だが、そんな母親を誰よりも愛し、家族そのものだということは、巻末の母親とデュラスの写真からも伺えると私は思う。 「悲しみよこんにちは」 18歳の早熟で頭のいい女の子がこれを書いた、そしてこの印象的なタイトル。これが揃ったというのがどれだけ世間に衝撃を与えたかわかる。主人公セシルのある夏のひとときを書いた小説だが、発表された当時は「いかがわしい小説」とも言われたそうだ。今読んでもなかなか刺激的ではある。 セシルには母親がいない。だが母親の代わりのような女性がいる。そしてその女性が父親の妻、つまりセシルの母親になろうとするとき、彼女は悪魔的な知恵をめぐらせる。女であり、少女であり、娘であるセシルの微妙な心理を、18歳のサガンはあざといまでの早熟なテクニックで描いている。サガンがもしもう少し年をとって書いていたら、もっと小説のテクニックはあがったかもしれないが、この小説のもつ輝きは無かっただろう。絶妙のタイミングでこれだけの小説を書けたことが、サガンの天分だったのだと思う。 |
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