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「信仰が人を殺すとき」

ノンフィクション
09 /06 2014







クラカワーの本は「荒野へ」を読んだことがあって、この本も興味がありました。単行本しかなかったので見送っていたのですが、文庫化ということで購入しました。
「信仰」という言葉がタイトルに入ってますが、この本での信仰とは「モルモン教」をさしています。本書は1984年に起きたモルモン教原理主義者、ラファティ兄弟による母子殺害事件について描いています。被害者である母親はラファティ兄弟の義理の妹、子供はまだ赤ちゃんで彼らにとっては姪。ラファティ兄弟は残酷な手法で母子を殺し、殺人罪で逮捕され一人は死刑になりました。なぜ彼らは親族でもある母子を殺したのか。そのことを説明するにはモルモン教の初期から説明しなくてはならないと作者は考え、そもそもモルモン教とはどのようにアメリカで成立したのか、という話を殺人事件と平行して語ります。モルモン教について知識のない日本人にはどういう宗教なのか知ることのできる1冊になっています。
モルモン教といえば、日本でも布教が盛んに行われていたり、、シャーロック・ホームズの「緋色の研究」でも描かれていたり(間違った描写が多いらしいですが)、新興宗教の中では歴史も長く、熱心な布教活動により信徒は今も拡大しているそうです。
この本ではモルモン教の原理主義者の殺人が描かれてますが、現在の信徒の大多数はモルモン教の最大の問題である一夫多妻制を放棄しており、あえて書くこともないですが危険な宗教というわけではありません。
しかしモルモン教の設立者、ジョセフ・スミスは一夫多妻制を実践しており、モルモン教も長い間一夫多妻制を貫いてきました。モルモン教といえばユタ州ですが、ジョセフ・スミスがモルモン教を始めたころ、まだユタ州あたりは「アメリカ」では無かったのです。主に一夫多妻制のせいで隣人ともめたモルモン教はユタ州まで逃げ、そこで自分たちの街を作ったのですが、アメリカは領土拡大し、ユタもアメリカの1州になってしまった…という経緯がありました。

 正直、一夫多妻制についての描写は読んでいて気分の良いものではなかったです。妻が一夫多妻を認めていればまだいいのですが、14歳の少女と無理やり結婚したり、酷い場合には実子である娘まで「妻」にしてしまうからです。モルモン教(現在では原理主義者のみでしょうが)には女性の人権は全くなく、一夫多妻制も含めイスラム教との類似点が指摘されるのもわかります。ジョセフ・スミスはイスラム教の都合のいいところを拝借したのかもしれません。
日本人の私から見ると、なんでこんな新興宗教が多く信じられているのか分かりませんが、モルモン教の基本はキリスト教を踏襲してるので、キリスト教国であるアメリカ人には入りやすいと思います。それとモルモン書に出てくる話の舞台はアメリカなんで、アメリカ人にも馴染みやすいのかもしれません。端から聞くととても信じられない内容ではありますが。
しかし、この本では宗教による信仰とは何か?と読者に問いかけます。宗教を信じること、それ自体はどんな宗教でも変わりないし、各コミュニティによって「常識」は違います。アメリカには知識階級にも「地球の年齢は6000年」という宗教上の数字を信じている人もいますが、ごく普通の常識を持った生活をしています。どんなに変わった「宗教」であっても、殺人や暴力まで発展するとは限りません。モルモン教にとんでもない教義があったとしても、ではキリスト教や仏教、イスラム教は論理的なのか?というとそういうわけではありません。

 宗教とは、一体何なんだろうな?と基本的無神論者の自分は不思議に思いました。そこまでなぜ宗教にのめり込めるのだろう?と。
本書の最後に、モルモン教であったが棄教してしまった人の話がすごく良かったです。宗教を信じていれば、それは幸せなことではある、考えることがシンプルになるからだ、と。何か不安なことがあっても、神様が判断してくれるから。しかし、元モルモン教の人はこうも言います。
「人生には幸せより大事なことがあります。たとえば、自分で自由にものを考えることです」
この言葉でこの本は終わっています。なかなか考えさせられる言葉です。(2014.09.06)

ぎんこ

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