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「夜間飛行」サン=テグジュペリ

海外翻訳小説
07 /12 2015



「人間の生命に価値はないかもしれない。僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように行為しているが、しからばそれは何であろうか?」
(新潮文庫版 P88)




「星の王子さま」があまりにも有名すぎて、他作品の存在を忘れられがちのサン=テグジュペリですが、「夜間飛行」はそのタイトルの格好良さからも世に知られた、しかし隠れた名作だと思います。
処女作「南方郵便機」の次に書かれた本作はフランスの文学賞フェミナ賞を受賞し、テグジュペリは作家としての地位を確立しました。
そして同時期にテグジュペリは念願の航空会社でパイロットとして働いてもおり、幼少期からの夢を叶えていました。1903年にライト兄弟が初飛行に成功し、その三年前にうまれたテグジュペリはまさに飛行機の歴史とともに歩んだ人生でもありました。

「夜間飛行」は長編ではありません。文庫本のページ数にして100pちょっとです。元々作者は二倍以上のページ数を使って書いたそうですが、削りに削って今の枚数になったそうです。デザインの基本は削れるところは削ること、だそうですが、この小説も削った結果、磨き抜かれた結晶のような輝きがある作品になっています。


 作品の完成度だけでなく、短い中にも魅力的な登場人物が描かれているのがすごいのです。パイロットや整備士、現場監督などそれぞれの生き方があり、悩む姿は現代の読者が読んでも共感できると思います。ただ、主人公である郵便機航空会社の支配人リヴィエールは評価が分かれるかもしれません。
この作品の中で、リヴィエールは非常に強い信念を持つ男として描かれています。年齢は50代くらい、白髪混じりで腰痛持ちの中年男ですが(当時で言えば老年なのかもしれません)、目的のためにパイロットへの同情を部下にも禁じ、自分も思いやることを一切しません。遭難しそうになるパイロットの妻にも、心中は穏やかではないものの、表面上は冷静な態度を取り続けます。パイロットが遭難したと確定すれば、別のパイロットに郵便飛行を続行する命令を下す。今でいうとブラック会社の社長…そんな言葉が当てはまるのかもしれないです。


 しかし、当時の郵便飛行は命がけの仕事でもあったようです。テグジュペリも砂漠に遭難しているし、テグジュペリの友人も遭難して死んでいます。民間の会社ではありますが、どっちかというと冒険家というか、宇宙飛行士みたいな感覚だったのかもしれません。
そして支配人リヴィエールは、郵便飛行が安定することに公共の幸福を見出しています。定期的に必ず家族や友人、恋人の元に手紙が届くことがどれだけ素晴らしいことか、これはインターネットの普及で通信の有り難みがなくなった現代人には想像にすぎないことですが。


リヴィエールは公共の幸福についてこう説明します。
建造中の橋のかたわらで、工事で負傷した男を見ていた。一人の技師が「一人の男を犠牲にしてまで架ける値打ちがこの橋にあるのか」と彼に言う。この橋を望む農夫だって、男を犠牲にしてまで橋を渡りたくないはずだ、遠回りするはずだ、と。
しかし、それにもかかわらず人は橋を作るのだ。「公益というものは、私益から成っている。それは、それ以外の何物でもない」。


 現代では古い価値観かもしれません。しかし、人間が造ってきたものは、何であれリヴィエールのいうような部分があることは、今も昔も変わらないと思います。
何かを造りあげるということは、私益や犠牲なくては不可能であり、きれいごとではすまない部分が確実にあります。
そして造りあげるリーダーは、どこかリヴィエールのような冷徹さ、目標のために突き進む信念無くては実現できないのではないでしょうか。それは本人にとっては、辛い道ではあるでしょうが…。誰かに同情し、同情される方が、よっぽど楽な人生には違いありません。
真似はとてもできませんが、そんなリヴィエールがとてもカッコ良いと思います。少なくともこの小説の中では。


テグジュペリの小説の登場人物の多くはモデルがいますが、このリヴィエールにもモデルがいます。ディディエ・ドーラという男で、テグジュペリと共に航空会社の支配人でしたが、ドーラの方が重責を背負っていたそうです。


この新潮文庫にはテグジュペリの処女作「南方郵便機」も収録されています。これは「夜間飛行」と比べると評価が低いそうですが、訳者の堀口大學は「精読が必要な作品」と解説しています。私は精読できてませんが、最後の一文がかっこいいし、好きな作品です。
「星の王子さま」を読んでいると、いろんな共通点を見出せるかもしれません。

ぎんこ

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