FC2ブログ

「複眼の映像」橋本忍

美術・映画
08 /27 2015



「橋本忍」という名前は、日本の名作映画を見たことがあれば、一度は目にしたことのある名前だと思います。
「羅生門」「七人の侍」「生きる」などの黒澤明作品、「私は貝になりたい」で監督デビュー、自らプロダクションを立ち上げ制作した「砂の器」「八甲田山」、他にも「切腹」「日本の一番長い日」「白い巨塔」、「ゼロの焦点」…これだけの名作を手がけた脚本家が他にいるでしょうか?まさに不世出の脚本家といっていいでしょう。

 本書は副題に「私と黒澤明」とあるように、名脚本家、橋本忍が黒澤明と手がけた作品を中心に、共同脚本をどのように執筆したのか、仕事で過ごした黒澤明との思い出を中心に語った自伝です。
 以前から、これだけの名作を残した脚本家とはどんな経歴なのか?と興味がありました。この自伝では著者が脚本家になったきっかけから黒澤明との思い出が詳しく書かれています。また、黒澤映画ではよく聞く「共同脚本」とはどのようなものなのかも書かれています。

 著者は1918年生まれ。太平洋戦争中に召集されますが、結核にかかり療養することになります。入院中、隣のベッドの患者に貸してもらった本で脚本というものを知り「このくらい書ける」と脚本を書くことを思い立ちます。
(もちろん「脚本を書くことはそんな簡単なものではなかった」と述懐してます)
終戦後、働きながら脚本を書き続け、伊丹万作(伊丹十三の父)に認められ弟子になり数作の脚本を書き上げ、その中の1作を黒澤明に認められ「羅生門」が完成します。橋本忍にとってこれが映画脚本デビュー作となりました。

 私が映画「羅生門」を見たとき、芥川龍之介の「羅生門」が原作というより「藪の中」の方が原作といっていい内容で驚いたことがあります。なぜそういうことになったのか、本書を読んで納得しました。
また、「七人の侍」がどうやって生まれたかのエピソードも面白いです。元々は「ある侍の1日」という仮題で制作が進められていました。内容は 江戸時代初期の侍の普通の1日を丁寧に描き、最後は仕事の不祥事により切腹して1日が終わる、という話だったそうです。しかし、どうしても見逃せない時代考証の不備が見つかり、映画会社と黒澤明の怒りを買いながらも脚本そのものを橋本忍はボツにしてしまいます。その思い切りの良さにもびっくりです。

 その後、じゃあ別の時代劇を作ろうという話になり、「剣豪もので」というリクエストがあったそうです。
そこからじゃあ最強の剣豪をあつめたオムニバス映画を作ったらどうだろう?となり、アイデアを膨らませて「七人の侍」になっていったことが語られています。
今でいえば「アベンジャーズ」みたいなオールスター映画のような発想でなんとなく笑ってしまいました。
そして、ボツになってしまった「ある侍の1日」の構想は、のちに橋本忍脚本の傑作「切腹」として結実することになるのでした…。

 黒澤明とのエピソードが中心ですが、伊丹万作に語った「原作ものを手がける心得」や、脚本は小説とは違う、映画の設計図のようなものだ、とか、脚本料の話など、映画ファンには興味深いエピソードがいっぱいです。

 黒澤明の映画「羅生門」「七人の侍」「生きる」あたりはみてから読んだ方がより楽しめると思います。日本映画の黄金期を知る上で欠かせない1冊です。
この本では黒澤明との仕事ばかりなので、ぜひ他の仕事についても自伝をまた書いてほしいなと思います。

ぎんこ

twitterぼちぼちやってます。
http://twitter.com/ginko_books