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「戦争画リターンズ」平山周吉

美術・映画
09 /12 2015



 藤田嗣治といえば、乳白色に輝く女性の裸体画というイメージ、またはあの強烈な自画像などを思い浮かべる人が大半だと思います。
1920年代、フランスで成功した藤田嗣治は今でも人気のある画家です。しかし、太平洋戦争の間に描いた戦争画について語られることはあまりありません。
藤田嗣治はなぜ成功したフランスから日本に帰ってきて、戦争画を描いたのか。そして藤田の描いた戦争画の中でも名作と言われる「アッツ島玉砕」に関わった人や、アッツ島そのものに関わった人、またアッツ島の花々を写した写真家まで網羅したのが本書です。

 タイトルの「戦争画リターンズ」は、作者が会田誠の「戦争画RETURNS」シリーズを見たことが、本書執筆のきっかけになったことからだそうです。
著者は現代作家の「戦争画」を見て、戦争画にとりつかれたかのようになり藤田嗣治の「アッツ島玉砕」や戦争画について調べていくことになります。
ここでいう「戦争画」とは、太平洋戦争が行われていたころ、軍部に協力していわゆるプロバガンダ的な絵(油絵もあるが、日本画も多くありました)のことです。
開戦した頃はまだ日本も余裕があり、芸術家たちは戦地に赴き、将校待遇で現地の絵を描いたりもしました。小説家などの文筆家も同じような待遇で、この本でも井伏鱒二がシンガポールで出会った藤田嗣治の様子が引用されています。
 ところが戦争も末期になると、とても画家が現地に行くわけにもいかず、軍部からもらった写真や「LIFE」などの雑誌を見て描くしかなかったそうです。「アッツ島玉砕」も、写真から描いたのではないかと言われています。

 「アッツ島」はアメリカ領で、アリューシャン列島にある小さな島です。太平洋戦争初頭、この島を占領した日本軍はアメリカ軍の攻撃を受けます。しかし指揮官であった守備隊長の山崎大佐は援軍も求めず「玉砕」し、日本では彼とその部下を「英霊」として褒め称えました。実際は山崎大佐も補給や補充兵も求めていたのを司令部が無視したんだそうですが…。この玉砕を軍は宣伝に利用したといわれます。
藤田嗣治もこの玉砕に心うたれたのか、一心不乱に「アッツ島玉砕」を書き上げたそうです。描いているときには線香を焚いていたとか。そしてこの絵は全国各地で展示され、藤田は歓迎されました。鑑賞した人々は涙し、絵のそばには賽銭箱が置かれたそうです。「アッツ島玉砕」が書かれたのは1943年で、戦争も激化し鑑賞した人々の生活も決して良くなかっただろうし、家族が戦死していた人も多かったのではと思いますが…。
そのあたりの心情は、現代に生きる私には理解できない部分もありますが、戦争画というよりは、もはや宗教画とも言える雰囲気があります。日本では西洋画に見られるようなスケールの大きいモチーフの油絵が描かれなかったので、当時の油絵画家は戦争というテーマに創作欲を刺激されていました。ドラマチックな絵画は現代人が思うよりも人々の心を捉え、戦意を煽ったと思います。

 また、私は知らなかったのですが、藤田嗣治の父は森鴎外の後任として陸軍軍医総監まで上り詰めた非常に地位の高い軍人だったそうです。藤田は末っ子で母も早く死に、姉たちや親族に可愛がられて育ちました。仕事に忙しかった父親の愛情はあまり感じることはなかったそうです。
しかし、藤田が画家として生きることを密かに応援していたのは父親でした。藤田がパリ留学中に第一次世界大戦が始まったときには大使館に働きかけていたり、日本の帝展に藤田が出品するときは、フランスでの活躍を考慮して無審査にしろと働きかけたり、やや傍迷惑な権威主義も感じられますが、藤田はそんな父の愛情を嬉しく思ったようです。
父親を喜ばせたい、恩のある祖国に報いたい、そんな気持ちも藤田を戦争画へと向かわせた一因なのかもしれません。

 藤田は終戦後、画壇から「戦争協力者」として非難を浴びせられフランスへと渡って帰化し、二度と日本の地を踏むことはありませんでした。
岡本太郎はそんな藤田を非難したそうです。岡本は実際戦地にも行ってますし、いい思いをした藤田を許せなかったのも仕方ないかなと思います。
他にも戦争画を描いた画家はたくさんいるし、戦後も日本で活躍しているのですが、藤田がとくに槍玉に上がってしまった感もあります。なにせ彼はその風貌で目立っていたし、画家としての腕前もあり、フランスで成功したことといい、他の作家の嫉妬を買いやすい立場にあったことも原因かもしれません。

 本書ではここでは書ききれないほど面白いエピソードがたくさん書かれています。実際にアッツ島に訪れた人の話や、ドナルド・キーンが従軍していた時にアッツ島で経験したエピソードや、太宰治の弟子がアッツ島で玉砕した兵隊の中にいたとか、どれもこれも興味深かったです。
今年は藤田嗣治の半生を描いた映画「FOUJITA」も公開予定で、映画の中でも戦争画を描いた時代について触れられるようです。予告編には「アッツ島玉砕」らしき絵の前にいる藤田嗣治のシーンもあります。

 藤田嗣治「アッツ島玉砕」は、他の戦争画とともに戦後アメリカで保存されてましたが、のちに東京近代国立博物館にアメリカから「永久貸与」されました。いまでもときおり常設展にひっそりと展示されているそうです。

 「戦争画リターンズ」はWeb連載されており第32回まで読むことができます
http://www.gei-shin.co.jp/comunity/24/index.html
(33〜48回は単行本書き下ろし)

ぎんこ

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